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Archive for the ‘つれづれ綴り’ category

東京に住んでいた頃、私は三鷹市というところに住んでいました。吉祥寺がある武蔵野市の隣の市です。
都会というよりは、小学校やファミリー向けのお店が多い住宅街でした。東京とは思えないようなのんびりとした場所なんです。

家から自転車で10分くらいの場所に小さな公園があるのですが、そこで撮った写真がこちら!

すごく幻想的で綺麗な写真だと思いませんか?この日はすごく天気が良くて、木の間から光が漏れていてとても素敵な空間でした。

こと時、公園にギターを持ったおじいさんがいて優雅にギターを演奏しながら歌っていたんですよ♪

なんだか、ジブリ映画の中にいるようなそんな感覚にさえなりました。
東京では自然と触れ合えることなんてないんだろうなと思っていたのですごく嬉しかったです。

しかしこの時期は5月だったということもあり、花粉症持ちの私はこの後くしゃみと鼻水が止まらず大変な目にもあいました(笑)

三鷹市は神奈川に引越した後でも、また住みたいなと思うほど住むには最高の環境でしたね(●^o^●)
今はもう東京には住んでいませんが、もしまた住む機会があるなら絶対三鷹市に住みたいです!!
もしまた三鷹市に住むのであったら、エコで乗り降りし易いタントが欲しいと思います!頻繁に車を使うこともないと思うので、費用を安く抑えられそうですし(笑)

花粉が舞う季節。みなさんも花粉対策は万全に!

天敵

私の天敵はアメリカ人です。

アメリカ人全員ではありませんが、大雑把にまとめるとアメリカ人です。
理由はちゃんとあります。彼らが、華氏だのマイルだのozだの、変な単位を使うからです。
全然世界共通じゃないのに、まるで当たり前のルールのように多用するからです。

日本にだってそういう単位あります。部屋が何畳とか、お酒の一升瓶とか、お米が何合とか。
でも、それってちゃんと由来というか古来からの生活習慣があって、
畳は今も部屋に使っているし1畳の大きさは大体わかります。

お酒だって、一升瓶で売ってるけどちゃんとml書いてあるし、
お米だって、計りと炊飯器で一致しているから何ら問題ありません。

何より、日本は昔から使っていた単位で生活にすごく密着してきた単位なんです。

が、アメリカは比較的新しい国じゃないですか。
しかも原住民たちを追いやってできた国じゃないですか(偏見?)。
文化的にも文明的にも歴史は浅いのに、他とは違う単位をつかって、
「戦争に勝ったからって、きっとなんでも自分たちがすごいし、偉いと思ってるんだよね。
自分たちに合わせろって思ってるんだろうね」と、たまに友達と話したりしていました。

ですが、最近いろんな国の人と縁あって話す機会があり、
そのときアメリカ人がこんなことを言っていました。
「フランス人は嫌い」

・・・なんで?そのアメリカ人が、本当に散々にフランス人に対して愚弄するので
「何かあったの?なんでそう思うようになったの?」と聞きました。
そしたら「彼らは、フランス人がアメリカ人より偉いしすごいと思ってる」と答えました。

・・・あんたらもじゃん。なんて、もちろん言えませんでしたが、
そういう風な愚痴をアメリカ人から聞いたのは初めてだったので、
とても新鮮でした。アメリカ人もそんなこと思ってるんだ。

詳しくは聞かなかったのですが、アメリカでは、
フランス人はアメリカ人に対してはチップを払わず、
フランス人にだけ払うと言っていました。・・・一部の人だけのような気もしますが・・・。

とにかく、アメリカ人にもそういう相手がいると知っただけで、
ちょっとおもしろかったです。

今年は春がまだ来ないのかと憤るくらい寒く、なかなかコートもしまえずにもう3月も終わりを迎えようとしている。

あと2日で5年間暮らした東京を離れるのも何だか感慨深い…と感傷に浸っている暇もなく引っ越しの準備に追われ、その間に飲み会のお誘いに追われ、ととにかく忙しかった。

引越し当日、まさに今なのだがようやく荷物をまとめ終え、業者の到着を今か今かと待つばかりである。幸いにも3月29日、今日は春日和。昨年引っ越してきたこの場所と1年で別れることになろうとは思いもよらなかった。

そうそう、一昨日は某インテリアショップで働いていた時に仲の良かった先輩2人と、東京在住5年にして初めて東京タワーに行ってみた。

先輩とは言っても、同年代の女性2人とあってもはやタメの仲である。まあ、観光地はどこでもそうなのかもしれないが、暮らしているととにかく「観光地」と呼ばれる場所にはとにかく行く機会がない。

展望台に入る前からはしゃぎまくり、まるで地方から出てきたばかりのお上りさん丸出し。そして写メも撮りまくりときた。

平日とはいえ、春休みとあってやはり人は多かった。東京スカイツリーに食われているとはいえ、やはりまだまだ東京の顔は健在だと思った。

晴れていたら富士山まで見渡せる東京タワーだが、この日は少し霞みがかっていたので残念ながら見ることができなかった。しかし、素晴らしい眺望に3人でしばしうっとり。

お土産も購入し、その後1人と別れ私ともう1人の先輩は目黒へと。目黒の駅前には美味しいケーキ屋があるので、ここで暫し休憩がてらケーキをペロリ。

この間紹介してもらったお店に、1週間も経たずにまた訪れることになるとは。とはいえ、美味しいスイーツは正義!

東京での思い出がまた一つ増えたのでした。

また明日から電話代行の仕事に戻らなければいけないと思うと少し憂鬱ですが、それが私の仕事ですから仕方ないですね。
こんな風に楽しい時間を過ごした時間があるからこそ、辛い仕事も乗り越えていけます。
電話代行の仕事は辛いことが多いですが、中には楽しい・嬉しいと思えることもあります。

なにより嬉しいのは、お客様から「ありがとう」と言われた時。
私はその為にこの仕事をやっているんだな、と実感できる瞬間です。
これがあるからこそ、この辛い仕事も続けていけるのかも知れません。

最近、誰からもメールがきません。携帯の鳴らない日々が続いています。
仕事が忙しいときはそれでも全然構わない。全然気にならない。
というか、頻繁に連絡してこられた方が「もう疲れてるのに」「忙しいのに」とか思って迷惑だったりしました。

ですが、最近時間があるので、誰からも連絡がない時間が気になります。
ただ連絡がないのではありません。
私が積極的にコンタクトを取ろうとしているので、返事がないんです。

・・・。今までの行いの結果ですね。

私はみんなを必要としているのに、みんなは私を必要としてないんだな。
なんて、ちょっとひねくれてみたり・・・。

もともと赤ちゃんって、親に望まれて生まれてきたのがほとんどだと思います。
だから私も、誰かに必要とされて生まれてきたんだ、
誰かが私を必要としているに違いない。そう思って生きてきました。
けれど、以前読んだ本の中に「世界が私を必要としてるんじゃなくて、
自分がこの世界を必要として生まれてきた」というようなことが書かれていた本がありました。

なんか、自分の中にすごくしっくりきました。
私は今まで、誰かに必要としてもらいたくて必死でした。だからと言って
コキ使われたいわけではありません。
だけど、誰からも必要とされてないなんて、存在価値ないような気さえしていました。
それって、いてもいなくても一緒ってことでしょ?

「誰も私なんか必要ないんだな」と、たまにひねくれたり悲しくなるときもあります。
でも、そもそも生まれてきた目的が違うから、
そこに生きる価値を見出してもしょうがないと思うようになりました。

誰かが私を必要としてるんじゃなくて、私が誰かを必要として生まれてきたんだ。
だから私は、これからもその人を探し続けるのです。

でも、難しいな。

母は、今一人で住んでいますが最近犬を飼い始めたんです。
犬のコロすけ君は、母によくなつき、「子供がまた出来たみたいで楽しい~」
と言っていました。

対人間でなくとも、やっぱり人は必要とされたいものなんですよね。

私の愛車はフリードスパイクですが、彼もまた
私を必要としてくれているのかもしれない。
最近出かけるときに、「どこかへ行こうよ」と言う顔で誘ってきます。

でも、最近忙しくてどこへもドライブしていなかったし、
そもそも結構大きい車なのでレジャー用だしね・・・。

友人とまた集まれるときには、彼に乗って出かけようと思います。

国籍とは

以前知り合った人の中に、「アメリカ人です」と自己紹介してきた人がいました。
どっからどう見ても、韓国人でした。

その人の生い立ちを聞いてみると、父も母も生粋の韓国人。本人も韓国で生まれ、韓国で育ち、韓国の学校を卒業しました。

それではなぜ「自分はアメリカ人」と言ったのか。アメリカ国籍を取得したからです。

アメリカに住んでたの数年で、韓国にいた期間の方が断然長いのに、堂々と「アメリカ人」と言ってきたのにはびっくりしました。直接会う前に「アメリカ人」という情報を聞いていたので、会ったときはだまされたと思った位です。

でも、確かに国籍を取得したんなら「アメリカ人」というのが正しいのか。

その数年後、今度は「自分は中国人」というアメリカ人に会いました。
・・・。
その人はアメリカで生まれ、アメリカで育ったのだけども、親が中国人だからネイティブだけど自分のことアメリカ人とは言えないようでした。

こっちの人の方が本来のアメリカ人の発音しているし、「アメリカ人」と名乗ってもいいくらいです。日系2世も「日本人」というだろうから、その人が自分のことを「中国人」というのは正しいのかもしれません。

きっとアメリカでは「アメリカ人」としては認めてくれないだろうから。きっと学生時代にもコンプレックスとか、そういうやりとりとかあったんだろうな。
先にあった韓国人は、多分ちょっとしかアメリカにいなくて、アメリカの国籍取れたことを誇りに思ってるからあんなこと言うんだろうなと思いました。実際にアメリカで育ったらそんなこと思えないんだろうなって。

国籍ってなんでしょうね。なにをもって自分を何人と言えばいいんでしょうね。民族の血だったら、結構混ざっちゃいますよね。漢民族は有名だし、ユダヤ人なんておもいっきり血統ですよね?

人種と国籍・・・むずかしいですね。